【広島】原爆について考える

【広島】原爆について考える

原爆ドーム・平和記念公園・広島平和記念資料館に行ってきました。

原爆ドームに行ってみたかった。
ということで、
広島市に行ってみました。

原爆ドーム

広島空港→ 広島バスセンター行きのリムジンバスに乗り
徒歩3分ほどで 「おおお~!あれかっ!」と、
原爆ドームが左手に。

原爆ドームには観光客でいっぱいな写真
▲外国からの観光客もたくさん

全面のほうは鉄骨が残っているけど、背面は崩壊。
原爆は、ほぼ建物の600m上空で爆発したようで、
上からの圧力が主だったため倒れなかったらしい。

いま考えるとなんで潰れなかったんだろう…聞くの忘れちゃった。。

柵に囲われている距離からでも、その迫力はヒシヒシと伝わってきます。

原爆ドームの写真
▲ここを通り過ぎるのが惜しく感じるような時間が流れる

動員学徒慰霊塔

▲動員学徒慰霊塔

英語と日本語の自動アナウンスが用意されていて、
戦没学徒一人ひとりの出身校とお名前が掘られている壁石と碑。
新鮮なお花と折り鶴に、今でも大切な思いが宿っていることを実感。

原爆の子の像

▲高さ9mで上には少女のブロンズ像

2歳で被爆し、白血病と闘いながら
12歳で他界した佐々木禎子さんの為に、同級生が建てた像。

亡くなったとき癌は全身に見つかり、甲状腺癌など複数の癌が発見されていました。
とても運動神経も良く明るかった禎子さんの死を惜しむ気持ちと、
若くして原爆病でなくなった大勢の子供たちを想い建てられました。
像の下の鐘は鳴らすことが可能。

▲今でもたくさんの折り鶴が運ばれている

原爆の子の像の後ろにはぎっしりと折り鶴が詰まったガラスのショーケース
亡くなった禎子さんが
「折り鶴を1000羽折ると、願いが叶う」というのを
闘病生活の最中に聞き、そこから折り始めたのがきっかけ。

平和の鐘

核兵器と戦争のない世界を目指す運動ために創られたシンボル。
平和を想う気持ちをこめて是非鐘をついてきてくださいね。

原爆死没者慰霊碑

▲ 石の中には、原爆死没者名簿が保管されてい る

ニュースでよく映っているエリアであり、
平和記念資料館からは、全体を一望するような景色を見ることが可能。

▲平和記念資料館内より撮影

ニュースでは、
椅子に座ってる人達の頭が並んでいる印象が強いのですが、
現在は、被爆者の方々の高齢化に伴い、
その頭上には日よけの白いテントが設けられています。

今年のニュースで確認してみて下さい。

広島平和記念資料館

▲当時の様子をパノラマ壁形式で表現したもの

このエリアには、映像技術を使用して
「平和で活発だった広島」と
「被爆後の広島」を比べて見ることが出来ます。

原爆の被害が拡大していく様は圧巻。
光の反射が強いので、目が弱い方は要注意です。

▲爆心地を編み出したMAP

焼き付けられた導線から爆心地を研究
その結果、 原爆ドームから約160m離れた病院だと特定できました。

爆心地を探し求めて

道ばたで雑談中のおじさんズに
「すみません、すみません!爆心地どこですか?」と
尋ねたところ、
「あそこだよ!あの看板の下!」
「え?え゛?どこですか?」

という調子でちょっと見つけづらいところにあります。

▲爆心地である「島病院」

相生橋のT字

▲本当のターゲットはこの相生橋のT字だった

本当は爆心地から300mほど離れているこの橋の交差部分が投下の狙いでした。
風などの影響で少しずれ、島病院に投下され、
問診に出かけていた先生と助手さんだけ助かったと言われています。

館内は写真撮影は特に禁止されていなかった。
にも関わらず、撮影している人は見当たらず、
その代わりに鼻をすするような音が。

パネル展示エリア

▲原子爆弾が作られ始めた背景や歴史の流れを学べるエリア

出口が近くなるにつれて、

  • 原爆が研究され始めたきっかけ
  • 歴史の流れ
  • 使用された原子爆弾について

などの文献や、説明パネルが見られます。
科学的なことや文字数が多く、少し大変にはなりますが、
それだけじっくり時間をかけたいエリアです。

色の濃い=エネルギーを優秀しやすい)着物の模様の通りに火傷をした女性の写真
▲色の濃い=エネルギーを吸収しやすい)着物の模様のとおりに火傷をした女性の写真
原爆ド-ムの被爆前と後の写真
▲広島県物産陳列館が原爆ドームとなった時

原爆ドームは、
「広島県物産陳列館として建てられ
→のちに
→広島県産業奨励館と名前を変え」
広島県PRを主な役割に担った建物でした。

被爆後は、形が残ったドームのような円型鉄骨により
「原爆ドーム」
として呼ばれるように。

特別展:市民が描いた原爆の絵「記憶と向き合う」

被災者の方々が、描かれた当時の描写の写真
▲被災者の方々が、描かれた当時の描写

被爆者の方々の高齢化が進むにつれて、
今まで当時の状況を語ることを拒んでいた方々が立ち上がり、
その当時の様子を描いたもの。

当然、絵では表せない状況ではあるものの、
作品から伝わってくる常識外の様には
唖然、そして何も言えなくなることでしょう。

資料館に展示されているのは全て本当のこと。

しかしながら、どこか「こんなに恐ろしいことが本当に、本当なの…?」
とショック状態に陥り、頭の処理が追いつかなくなります。

そこで、少し時間をおいてから、出口間際でこの特別展を見ると、

  • 当事者が手書きで描いた作品だということ
  • 触れるほどの距離の近さ
  • 生々しい描写

により、当時への理解が深まります。

この特別展は今年12月末までですが、
見た方がさらに勉強になります。

オバマ前大統領が広島訪問した際の写真
▲オバマ前大統領が広島訪問した際のもの
▲祈りの泉と嵐の中の母子像

広島平和記念資料館に行ってみて

広島市には至る所に平和というキーワードがあり、
地元人も「平和の広島」と呼んでいるのを耳にするほど。

過激で信じがたいような写真や資料を目の当たりにして、
訪問者からは鼻をすするような音が聞こえてきましたが、
その反応に対して驚くこともありませんでした。

それほど、この資料館に保管されている資料は貴重であり、
その当時の悲惨な光景を、学び感じ取るには十分すぎる程の環境でした。

さいごに

近年では核兵器廃絶を訴えるICANがノーベル平和賞を受賞したりと、
注目度が高まってきているかと思いきや、
核実験が収まらなかったり、どっちなんだ。という雰囲気が漂っていますが、

核実験がずーっとずーっと起こらないと、数多くの歯車が回り始め、
やがて壊れるような仕掛けになっている時計が資料館入口にあります。

歯車が回り進んでは、リセットされ。
を繰り返しているのが現状況であるので、
はやくこの時計が壊れるようにと、切に願うばかりです。

まとめ

誰に言われるでもなく、
自ら望んで学びに行くと、
机上で受動的に習った「歴史」が、
身近なものへと変化しました。


それと同時に、経験はしていないものの、
戦争への意識を新たに思い直すことも出来ました。

大きなステップを急に始めようとは考えず、
もし私と同じような方がいれば、
広島に旅行行こっかな~♫
くらいの気持ちで良いので、
その土地に足を踏み入れてはいかがでしょうか?

広島ピースボランティアの方にガイドをお願いすると、
パネルから読み取るのが難しい情報から豆知識まで、
地元人だからこその意見を交えながら教えてもらえます!

次回は

「原爆ドームに負けず劣らず行った方がいいかも!」
当時の状況を肌で感じられるスポットについてご紹介します。